開催レポート其の弐〜J. D. カー『火刑法廷』

 『“ひとりの男が墓地のそばに住んでいた——”。これは未完に終わったある物語の興味深い書き出しだ』——これは今回の読書会課題本の興味深い書き出しである。そう,大晦日の今となっては遥かなる時の彼方となりつつある10月7日の読書会の課題本,ジョン・ディクソン・カーの『火刑法廷』。非常に印象的だったこの会の記憶を引っ張り出しながら,遅ればせながらここに開催レポートを記す。

 前回と同様,参加状況について記しておきましょう。主催者を除き,男性2名,女性2名の計4名というこじんまりとした会になりました。後に聞いたところによると,参加希望の方は多かったのですが,イベントを立てるのが遅れてしまったため参加できない方がいらっしゃったようです。すみませんでした。今後気をつけたいと思います。
 ただ,少人数の会というのも良いものでした!一人一人が多く話に参加できますし,個性がより出て面白いです。また,今回は課題本について話すのに加えて,本を紹介する時間も設けてみたのですが,これが大成功でした。ミステリーというしばりでしたが,課題本にちなんだものを選んできてくれた方もいらっしゃって,とても盛り上がりました。

紹介本

それではまず,当日とは順番が逆ですが(課題本についてはネタバレがあるため),紹介本を先に紹介しましょう。写真を撮り忘れたので,画像で失礼します。

左上からいきます。

J. D. カー『三つの棺』

カーつながり。有名な「密室講義」があって面白いです。ただし最初に読むのはおすすめしません。

J. D. カー『皇帝のかぎ煙草入れ』

カーつながり其の二。これは最初に読むのもおすすめ!トリックが冴え渡る。

江戸川乱歩『続・幻影城』

カーつながり其の三。「カー問答」というのが収録されています。

法月綸太郎『ノックス・マシン』

ミステリを知的遊戯と思っている人はこういうのが好きそう。SF要素も入った短編集。 「ノックスの十戒」がらみの話だそうです。読書会では後期クイーン問題の話題も出ました。

西村京太郎『殺しの双曲線』

あらかじめトリックを明かしているというユニークなミステリ。クローズドサークルもの。

有栖川有栖『幽霊刑事』

課題本にちなんだ選定。ミステリに恋愛要素は不要?!そう思う人はぜひ本作をお読みください。(この読書会すぐに文庫化して,僕は即買いしました)

鳥飼否宇『死と砂時計』

J. A. オールスン『特捜部Q』(シリーズ)

中井英夫『虚無への供物』

アンチミステリーの傑作!後の作家に及ぼした影響力は計り知れない。

綾辻行人『十角館の殺人』

もはや説明不要。先入観なしで読んでほしい。

早坂吝『○○○○○○○○殺人事件』

いきなり読者に挑戦をたたきつける作品。ジャケ買いしそう。

倉知淳『過ぎ行く風はみどり色』

カーつながり其の四。法月綸太郎をして「天然カー」と言わしめた作品。

倉知淳『星降り山荘の殺人』

倉知淳の作品が出たのでこれも話題に。倉知さんって劇団出身なんですね。

歌野晶午『密室殺人ゲーム 王手飛車取り』

ネット上の殺人推理ゲーム。この紹介本の何かと関連があるかも……。

今村昌弘『屍人荘の殺人』

この発想はなかった。ジェットコースター。

古野まほろ『天帝のはしたなき果実』

本格推理+変格推理+青春+SF!過剰に飾り立てた文章を駆使し、あらゆる要素を詰め込んだ現代の奇書。

古野まほろ『セーラー服と黙示録』

同著者の別シリーズ。こちらは文章の癖は抑えめだが、やはりユニークな作品。ミッション系探偵学校に通う少女たちの活躍と,ホワイダニット、ハウダニット、フーダニットを区切った推理が特徴。

丸谷才一『快楽のためのミステリー』

『東西ミステリーベスト100』

『海外ミステリハンドブック』

読書会レポート

 ここから話し合った内容に入っていきます。まずはネタバレなしのものを。

魅力的な謎

 やはり本作品の魅力は謎それ自体ではないでしょうか!冒頭からいきなり提示されるのですが,それがすごく派手で怪奇的。また,実在の歴史をモチーフにしているところも面白いですね。怪奇趣味,歴史趣味がある方には絶好のミステリとなっていると思います。 一方で,純粋に本格推理小説としてみた場合,トリックが実現不可能なんじゃないか?という方もいらっしゃって皆で検証したりもしました。ちなみに僕は,「面白ければリアリティなんていらないんだ!」派(ただしロジックにはこだわる)。

ハイホー、ハイホー!

参加者の方が,弟オグデンの魅力を語ってくださいました。なぜか皆に煙たがられているオグデン。なぜなんでしょうね〜!

人称の問題

小説にはつきものの人称の問題。ミステリでは特に重要です。本作品は三人称ですが,主に一人の視点を中心に書かれています。誰が何を知っていて,何を考えているのか。一人称であれば書かれていることの真実性は保証できないですが,そう信じていることは保証できます。このへんマニアックなミステリ談義もできそうです。

翻訳の問題

翻訳ものはときとして読みにくいことがあります。この作品についても人によって読みやすいと感じた方,読みにくいと感じた方がいらっしゃったようです。また外国の描写も,外国に行ったことがなければわかりにくいですね。名前も覚えにくい。わかりやすい登場人物一覧や,図があったらいいね〜という話になりました。僕が「登場人物の名前を日本人の名前にしちゃえばいいんじゃね?」と言ったら失笑されました。だめなの? こういう問題があるのでやはり国内ミステリに人気が出るのも当然のような気がします。ただ,やはりそれぞれの良さがあるのでしょう!翻訳物がもっと流行ってほしいです。

金田一少年の罪

紹介本のところも含めて,金田一少年の話で盛り上がりました。だってあの作品のパクリとかしちゃってるんだもんなあ。ミステリを広めた(?)功績は大きいですが,ネタバレも広めちゃいましたね。

探偵は誰か?

シリーズ物と異なり,本作品は単独の作品なので,誰が探偵なのかがわからない,というスリルがあります。「最初○○が探偵だと思ってた!」という話で盛り上がりました。特にこいつが怪しい,というわけでもなく,人それぞれなのがまた面白い。誰が探偵なのかを考えながら読むのも面白いと思います!

引用の問題

海外の本でよくある,引用。冒頭で、昔の作品の一節などがあることがありますね。これをどう捉えればいいのかという話題が出ました。おそらく欧米の文化だと思います。内容に関係のある一節や,内容を暗示するようなものでしょう。読書会では「著者の自己満足」といった記憶がありますが(笑)。個人的には,こういう引用の出典がわかると嬉しい(これこそ自己満足)ので,いろんな本を読むようにしています。
ミステリでも多いですよね。ミステリの場合は,先人へのオマージュが多い気がします。ミステリって,先人たちのトリックやアイデアを踏襲しながらも新しいことを探求していく,という側面があるので,こうなるのではないか,と思っています。
まあ,本質的なものでもないので,気にしないでも良いのではないでしょうか。

総括

非常に濃いミステリ談義になりました!ミステリで読書会,悪くないでしょう? 個人的にこの作品は好きすぎる。もっと準備して深く話し合いたい。第二回をやってもいいと思っているレベルです(笑)

それでは,いよいよネタバレありの内容に入っていきます。既読の方,またはネタバレOKの方のみ先に進んでください。ここまで読んでいただきありがとうございました!

ネタバレあり読書会レポート

この作品の最大の特徴が合理的な推理小説としての側面と超自然的な怪奇小説の側面があるという点であることは,論を俟たないでしょう。つまり,一度ゴーダン・クロスが合理的に解決したあとで,エピローグにおいてそれを否定する超自然的な結末が描かれるわけです。真相はどちらなのか?あるいは両方なのか?どちらも嘘なのか?

ゴーダン・クロスが正しい

一般に合理主義者はこの説を支持したがる(笑)。ではエピローグはなんなんだという話になりますが,いろいろな反論は考えられまして,たとえばマリーが狂気に陥った説,マリーに嘘を刷り込んだ説などがあります。ダグラス・グリーンの『ジョン・ディクスン・カー 奇蹟を解く男』には興味深い反論があって,なるほどと思います(興味がある方にはお教えします)。 ただ,メタな視点で考えると,なぜカーはこのエピローグを書いたのか?という疑問が出てきます。

エピローグが正しい

最も素直な解釈かつ,実に神秘的でロマンチックな説です。つまり,本当に超自然的なことが起こったのだ!!!  たとえば,マリーとクロスの関係から考えると,クロスがマリーを守るためにコーベットを陥れた,と考えることができます。また,マークが逃げたのはなぜか?を考えると,面白いです。

両方正しい

量子力学?  いわゆるリドルストーリーですね。謎は読者に委ねる。明らかな証拠がないので,これは自然な解釈でしょう。

両方正しくない

もちろんこの可能性も考えられます。つまりまったく別の真相がある,という考え方です。読書会の中では第三の説は特に出ませんでした。思いついた方いらっしゃいましたらご連絡ください(笑)

シタンの解釈

最後に,僕の解釈(妄想)を書いておきます。読書会において僕は,ずばり「エピローグが正しい」と結論を下したような記憶があります。今,それを思い出しつつ書き綴っていきます。記憶がおぼろげなのでかなり的外れなことを書いているかもしれませんがご了承ください。一言で言えば,合理的に考えていくと,合理的なクロスが正しいとは思えないのです。(!)
まず最初に,「両方正しい」は却下します。なぜなら,つまらないから(笑)。次に「両方正しくない」も悲しくも却下です。なぜって,思いつかないから(泣)。というわけでクロスが正しいか,エピローグが正しいかの二択になりました。
クロスの推理を検討しましょう。たしかに論理的には筋が通っているように思えますが,上述した通り,やはりトリックに無理があるようです。鏡のトリックや,花瓶のトリックなど。さらに,最終的にクロスは死ぬことによってコーベットが犯人であることが立証されます。しかしこれは余計ではないのではないか,と考えました。完璧な推理で論理的に追い詰めることができれば,死ぬことはなかったはずです。このように,やはりクロスの推理にはどこか穴があったのでは,という印象がどうしてもしてしまうわけです。そこで僕の妄想は「カーはこの完璧でない推理を確信犯的に書いた」という説です。合理主義者であれば超自然的なエピローグなど信じたくありませんから,クロスの推理が正しい証拠を必死に探すでしょう。しかし,これこそがカーの罠なのではないでしょうか。つまり,この作品に込められた隠れたメッセージは,「非合理的なものを何も考えずに却下することは合理的でない」ということなのかもしれません(妄想)!
結論です。消去法をしていくと,残るのはエピローグしかないわけですね(ただし,やはり両方正しくないという説の可能性は残るが……)。エピローグを反証できない限り,この結論になります。最後にホームズさんに登場してもらいましょう。「When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth.」

開催後

開催後は,居酒屋にいって親睦を深めました。楽しかったです。ありがとうございました!

おわりに

参加していただみなさま,本当にありがとうございました。とても印象深い会でした。
それではまたどこかでお会いしましょう。開催レポートが遅れて本当に申し訳ありませんでした。良いお年をお迎えください。(これを読んでいる頃にはもう新年かな?)

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